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序文「わが生ひ立ち」より
時は過ぎた。さうして温かい刈麦のほめきに、赤い首の蛍に、或は青いとんぼの眼に、
黒猫の美くしい毛色に、謂れなき不可思議の愛着を寄せた私の幼年時代も何時の間にか
慕はしい「思ひ出」の哀歓となつてゆく。
序 詩
思ひ出は首すじの赤い蛍の
午後(ひるすぎ)のおぼつかない触覚(てざわり)のやうに、
ふうわりと青みを帯びた
光るとも見えぬ光?
あるひはほのかな穀物の花か、
落穂ひろひの小唄か、
暖かい酒倉の南で
ひき毟しる鳩の毛の白いほめき?
音色ならば笛の類、
蟾蜍(ひきがえる)の啼く
医師の薬のなつかしい晩、
薄らあかりに吹いてるハーモニカ。
匂いならば天鵞絨(びろうど)、
骨牌(かるた)の女王(クイン)の眼、
道化たピエローの面(かお)の
なにかしらさみしい感じ。
放埓(ほうらつ)の日のやうにつらからず、
熱病のあかるい痛みもないやうで
それでゐて暮春のやうにやはらかい
思ひ出か、ただし、わが秋の中古伝説(レジエンド)?
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