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北原白秋 抒情小曲集「思ひ出」より     6月6日  旧暦/皐月十四日

     序文「わが生ひ立ち」より

 時は過ぎた。さうして温かい刈麦のほめきに、赤い首の蛍に、或は青いとんぼの眼に、

黒猫の美くしい毛色に、謂れなき不可思議の愛着を寄せた私の幼年時代も何時の間にか

慕はしい「思ひ出」の哀歓となつてゆく。


     序 詩

思ひ出は首すじの赤い蛍の

午後(ひるすぎ)のおぼつかない触覚(てざわり)のやうに、

ふうわりと青みを帯びた

光るとも見えぬ光?


あるひはほのかな穀物の花か、

落穂ひろひの小唄か、

暖かい酒倉の南で

ひき毟しる鳩の毛の白いほめき?


音色ならば笛の類、

蟾蜍(ひきがえる)の啼く

医師の薬のなつかしい晩、

薄らあかりに吹いてるハーモニカ。


匂いならば天鵞絨(びろうど)、

骨牌(かるた)の女王(クイン)の眼、

道化たピエローの面(かお)

なにかしらさみしい感じ。


放埓(ほうらつ)の日のやうにつらからず、

熱病のあかるい痛みもないやうで

それでゐて暮春のやうにやはらかい

思ひ出か、ただし、わが秋の中古伝説(レジエンド)?





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